元記事:fb2020-10-09
脚の付け根の内側の次に健康器が使えない部位は、肩関節前面の深部です。三角筋の前の縁に拇指を当てて、肘を上げると自然に拇指が深部に入るので、目的のスジの横に入り込んだところで、肘を下げながら拇指を外側へ進めると、スジを弾くことが出来ます
元記事:fb2020-10-09
脚の付け根の内側の次に健康器が使えない部位は、肩関節前面の深部です。三角筋の前の縁に拇指を当てて、肘を上げると自然に拇指が深部に入るので、目的のスジの横に入り込んだところで、肘を下げながら拇指を外側へ進めると、スジを弾くことが出来ます
元記事:fb2020-10-08
わたしが富川先生にお世話になり始めた頃に、父の膝が痛むようになりました。一か月間、整形外科に通っても治らず、手術を受けることに。
膝関節内の関節半月という組織が大きくなっているから、手術で余分なところを切り取る必要があるとのこと。ところが、予約していた日に、担当医が欠勤で手術が延期に。その晩、富川先生が訪ねてくださり、父に新日本延命学の施術されたのです。
治療直後には、「こんなことで治るはずがない」と内心思っていたそうですが、翌朝になって、いつもより膝が楽になっていることに気付いたそうです。徐々に痛みが軽くなり、手術は取りやめに。
医者が、「切り取らなければ治らない」と言った関節半月が、一晩で小さくなるはずはないのですが、痛みが退いていった。この体験で、父は、新日本延命学に確信を持ったのです。
元記事:fb2020-10-03
専門学校は、2年間。学校で知り合った人に、新日本延命学の講習会を紹介したら、何人か受講された中に、卒業後、地元の津市で開業されてからも、京都の講習会に通われていた方がいらっしゃいます。様々な療法を勉強されているのですが、新日本延命学に出会えて本当に良かった、すごい治療法だ と、会う度におっしゃるので、励みにしてきました。
元記事:fb2020-10-01
新日本延命学では、運動神経筋は、脚や腕などの付け根の柔らかいところで腫れるとされています。腫れて球になっている部分は、ヒモにできた結び目に喩えられ、球の数が多かったり、大きかったりすることは、運動神経筋がより縮んでいることを意味します。そして、運動神経筋につながっているところが球の方に引っ張られるので、球から離れた部位であっても血流が悪くなると説明しています。
肩凝りを例に挙げると、肩につながっている臀部の運動神経筋が腫れると、腰から背中、肩、首にかけてつながっている運動神経筋が、臀部に向かって引っ張られます。運動神経筋は緊張して硬くなり、そばの血管を圧迫して血行不良を起こします。これが肩凝りの原因という具合です。ですから、肩凝りの治療では、肩よりも先に臀部の運動神経筋の腫れを小さくしなければ、効果が低いのです。
わたしは、子どもの頃からよく肩を凝らしていて、自分で健康器を使ってセルフケアをしていましたが、辛い肩凝りを治そうと、肩に健康器を当てても満足できず、やっぱり脚の付け根から緩めないとダメだなあ という経験を何度もしました。更に、肩に健康器を当てるのを辛抱して、脚周りから健康器を当て始めた時には、臀部を緩めていると、肩凝りが薄らいでしまうという経験を何度もしたものです。
元記事:fb2020-09-27
高校の頃は、友達に練習台になってもらうこともありました。
卒業後1年くらいして、父に誘われて大徳寺の講習会の手伝いに入るようになりました。世話人の人たちと月に一度、富川先生のところで勉強会があり、一緒に学ばせてもらいました。
当時、わたしは勤めていたのですが、ある日、富川先生から、この治療を仕事としてやる気はないか と声をかけてもらいました。先生は、これからの時代のことを考えると、免許を取った方が良いと思う と仰った
元記事:fb2020-09-26
中学二年生の頃だったと思います。「健康器」が、わが家にやってきました。富川先生からの依頼で父が考案した、治療用ベッドを使えば、全身の治療が一人でできます。わたしは、今でもそれを使って、セルフケアをしています。
元記事:fb2020-09-25
薬を止めることについて、両親は反対しませんでした。
中学の頃は、腹痛と下痢をよく起こし、止瀉薬や整腸剤を服用することが多かったのですが、それも止めました。頭痛薬や解熱剤も、テレビコマーシャルでよく目にしましたが、飲みませんでした。風邪をひいて熱が上がっても、医者にかかることはなくなりました。
腹痛・下痢は、運動神経筋が縮んで胃腸の血流が悪くなって起こるもの。脚周りのスジを治療することで、血流が改善し症状が治まるので、薬は要らない。
頭痛は、首の付け根のスジが硬くなって起こる。つまり肩凝りが原因。こどもながら、「これは、40代の肩やな」と富川先生から言われていました。
肩のスジは、つながっている臀部のスジが縮むことによって引っ張られるので、肩凝り・頭痛の時には、臀部のスジをボールを使って動かすと楽になります。
風邪で熱が上がった時は、体にとって必要な反応 と考えて様子を見ていました。3日経っても熱が下がらない時は、風邪ではないかもしれないので、医者に診てもらう必要がある と医師の書いた本で読んだことがあるのですが、幸いに、3日以内に熱は下がりました。
薬を飲まないことで、延命学的な考え方や対処法を身に付けていったのですね。
元記事:fb2020-09-24
わたしは、持病のため、小学校高学年の頃に富川先生から新日本延命学の治療を受けていました。
先生は、
「自分でできることは、自分でしなさい」
と 小学生のわたしに、動かすべきスジの場所を教えてくださいました。
両親も治療手技を学んで、わたしに施術してくれていました。治療法の基本は、脚の付け根と腕の付け根のスジを、弦を弾くように動かすことです。しかし、指で脚のスジを動かすことは大変です。前に書いた「足踏み」もしてもらいました。
わたしが自分自身の治療をするときは、野球ボールに乗ってボールがスジを横切るように、体のほうを動かす方法でした。ソフトボールや軟式野球のボールなど、サイズや硬さの違うものを試しました。背骨の両側を縦に通っているスジには、柱の角を使って、柱にもたれながら体を左右に動かす方法で治療しました。
指を使う方法も積極的にやりました。大腿内側や大腿前面、肩関節周りの自己施術で、スジがうまく動いた感触があると、その部位が柔らかくなることが分かりました。わたしの運動神経筋の研究は、こんな風に始まりました。
元記事:fb2020-09-23
小学3年の初めに重症筋無力症を発症したと書きましたが、記憶違いでした。小学生の頃の『健康診断個人票』が残してあったので確認したところ、2年生の4月15日
「筋無力症(治療薬服用 半永久的に)」
と書かれていました。発症は、それより前ということになりますね。
富川先生に、新日本延命学の治療をしていただくようになったのは、昭和47年の初めころだと思います。小学5~6年生頃。
新日本延命学の原理は、血液の流れが悪くなるから病気になる。その原因は、スジの腫れが血管を圧迫すること。スジの腫れを血管から離せば、血液の流れが回復して病気が治る。
という、単純明快なものです。
富川先生は、わたしに向かって、
「人間は、薬で動いてるのと違うやろ。」
と。これが、刺さりました。
腹痛の副作用がある薬を1日3回飲んでいて、しかも、病気を治すものではない。医師からは生涯続けなければいけないと言われていました。中学2年生の頃と記憶しています。わたしは、母親に宣言しました。
「薬を飲むの止める。」