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新日本延命学の講習会 2

 宮原氏の公開治療の後、新日本延命学療法の実技指導の時間がありました。といっても、徒手による宮原氏の治療手技を真似ることは困難なので、同じ効果は見込めないものの、家庭療法として足を使った施術方法が紹介されました。施術者は、自分の体を支えて安定させるために、組み立て式の鉄棒を使っていました。現在、「足圧(そくあつ)」として行なわれている治療法の元になったと聞いています。

 1970年代初めに中心山荘で行なわれていた新日本延命学の講習会は、会場を大阪に移すことになり、同様の形式で続けられていたのですが、わたしが、世話人の一人として講習会に通いだした1980年頃には、会場が京都の大徳寺に移っていました。

 大徳寺での講習会では、宮原氏が講演の冒頭に、
「きょう、お話しすることは、実は私一人で研究したのではなくて、○○という人と一緒に研究したことです。その人は、戦時中、南方へ行って行方が分からなくなっていて、探しているんです。」
と言って、共同研究者がいたことを話されていました。その後も毎回、講演のはじめにそう話されていたのですが、いつの頃からか、話されなくなりました。わたしも、そのことを忘れてしまい、共同研究者の名前を思い出すことができません。