大徳寺(京都市)での講習会の特徴のひとつは、大阪での講習会で行われていた足圧(そくあつ)の講習がなくなり、代わりに家庭健康器の講習が行われるようになったことです。この健康器は、大変効果が高く、比較的扱いやすいものでした。
京都で講習会が開かれるようになる前の大阪の講習会場では、足圧の講習と健康器の講習の両方が行われていたそうです。受講者は、どちらかを選んで習うことができたと言えば、何の問題もないようですが、講習する側の考えの違いによって生じた対立の表れだったのです。
このような経緯から、大阪講習会の世話人のひとりだった富川氏が、宮原氏の依頼を受けて責任者となり、京都の大徳寺で講習会が開かれることになりました。その際、富川氏は、健康器の講習に反対だった大阪講習会のメンバーの出入りを禁止するという条件をつけられたのでした。